法執行や知財保護、市場環境整備。国家公務員が社会にもたらすイノベーションとは

“イノベーション”と“政府”。この二つの言葉に相反するイメージを持つ方もいるかもしれません。政府や国家公務員は、社会にどのような形でイノベーションをもたらしているのでしょうか。今回は、消費者庁総務課総括係長の酒井啓さん、公正取引委員会審査専門官の宮本太介さん、特許庁総務部企画調査課企画班長の永野志保さんにお越しいただき、各庁の具体的な取組について聞きました。

各庁とイノベーションの関わりとは

―まずは自己紹介をお願いします。

宮本さん(以下、敬称略) 公正取引委員会事務総局審査局デジタルプラットフォーマー上席で審査専門官をしています。法学部を卒業後、専門性を持って公益のために働きたいと思い、法科大学院へ進学しました。そこで独占禁止法に触れたのがきっかけで、公正取引委員会に入りました。入局以来、国会対応業務や審査の現場を経験し、経済産業省への出向を経て、昨年6月に成立した独占禁止法の改正作業にも担当者として関わりました。今年7月からは、デジタルプラットフォーマーに対する審査業務に携わっています。

永野さん(以下、敬称略) 特許庁企画調査課企画班の班長をしています。大学では工学部で技術を学び、医師との共同研究で医療系の画像処理技術を研究していました。特許庁に入ったのは、技術系が活躍しやすい職場だったからです。また、勤務形態が柔軟なので、キャリアと育児を両立しやすいのではないかと思って入庁しました。

酒井さん(以下、敬称略) 消費者庁総務課で総括係長をしています。法学部を卒業後、そのまま法曹を目指すつもりで仙台のロースクールに入りましたが、そこで東日本大震災に遭遇。それを機に「個別紛争を軸とする法曹界よりも広く一般的に国民を守れる仕事につきたい」と思うようになり、消費者庁に入庁しました。消費者安全課や内閣府出向を経て、今は消費者庁の総務課で全体を見て取りまとめています。

―政府はイノベーションにどのように関わっているのでしょうか?

宮本 公正取引委員会は、“規制”のイメージが強く、イノベーションを阻害している印象があるかもしれませんが、独占禁止法の執行や競争政策の推進を通じてイノベーションを推進する役割を果たしています。例えば、新しい事業者がイノベーションを起こしてサービスを提供しようとした際、すでに市場での地位を確立した事業者がその新しい事業者を排除しようとした場合、独占禁止法を執行してそのような行為を取り除くことで、イノベーションが促進される競争環境を維持することができます。

酒井 消費者庁が現在推進している「消費者志向経営」は、これまでの消費者対事業者という構造を変革するイノベーションのひとつだと考えています。これは、消費者の要望を企業が吸い上げ、それに応じてサービスや商品を開発することで、世の中を良くしていくものです。消費者と事業者が互いに意見を出し合い、より良い姿を目指していくのが本来の社会のあり方だと思っています。

永野 “知的財産立国”を指針とした「知的財産推進計画」を内閣府が進める中、特許庁ではさまざまな施策を生み出しています。企業規模の大小問わず年間数百社規模で現場の課題を収集して施策に反映させたり、スタートアップ企業に対して、会計や知財の専門家チームによるハンズオン支援を行ったり。また、大学研究から事業化できそうな発明を発掘するための「知財戦略デザイナー」という制度も昨年度から開始しました。

イノベーションを基軸にしたプロジェクトや目標の変化

―政府の立場からイノベーションに関わる難しさがあると思いますが、具体的なプロジェクトや体験を教えてください。

酒井 昨年「食品ロスの削減」に関する新しい法律を作りました。これは、事業者や行政、国民が一体となって「食品ロスの削減」に向かって取り組むことを目指したものです。規制のためではなく、推進するための法律を作ることで、行政が世の中のイノベーションを促進していく役割を担うのではないかと思っています。

宮本 例えば、今はデジタルプラットフォームが社会にどんどん価値を生み出していますが、特定のデジタルプラットフォームへの集中が生じやすく、独占・寡占が生じやすいといった問題も生じています。そこで、市場の実態調査を通じ、独占禁止法に違反する可能性のある行為について問題提起をすることで、違反行為を未然に防ぐといった取組をしています。難しい点としては、デジタルプラットフォーム事業に限らず、あくまでイノベーションを起こすのは事業者で、政府にできるのはその環境整備である点です。公正取引委員会が扱うどの事業分野についても我々は素人であり、各事業分野において適切な競争環境を整備すると言っても、事業者の話を聞かないと分からない。そこが法執行と政策立案、いずれにおいても非常に難しいところだと思っています。

永野 特許庁では審査の品質ポリシーとして、“強く・広く・役に立つ権利”を掲げ、取り組んでいます。中国や新興国の台頭により、審査官が読むべき文献の量は以前より増加していますが、しっかりと調査をしていくことにより質の高い審査につながります。また、「役に立つ」ことの評価軸はビジネス環境や競合相手によって変わるものです。技術の専門分野だけではなく、産業構造やビジネス関連のニュースにもアンテナを立てていく必要があります。吸収すべき知識は日々増大していますが、その分知識も広くなるので、やりがいを感じています。

―イノベーションがより重要視される未来に対して、公務員として、一個人として、どのように携わっていきたいと考えていますか?

酒井 自分自身も行政から離れたら一消費者。ですから、消費者としての発見や疑問を、行政官として発していきたいですね。「1人でも多くの国民の生活をより良くしたい」という思いを持って、これからも仕事をしていきたいと思います。

永野 知財の根本原則は、「特許を取っていればお金がもらえる」、「人にまねさせない」という2つだけ。しかし、まだまだ浸透していないので、大学や産業界・学術界の方々にもっと知っていただきたいですね。ゆくゆくは、学生の頃から授業で知財を学び、経営者となる人も含め全ての人が知財を活かしてビジネスに取り組める世界にしていきたいです。

宮本 自由で公正な市場環境を維持することが日本社会の発展につながると考えていますので、独占禁止法の専門家としての能力を上げていくことが個人の目標です。独占禁止法の世界だけでも、情勢は目まぐるしく変化しています。その流れを追えるよう常に広くアンテナを張り、社会の発展に貢献していきたいと考えています。

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